白湯をナメていたワタシが冷え性と不調に気づくまで

熱湯を注がれるカップ

夏でもサンダルを履く気になれないほど、わたしは慢性的な冷え性です。
冬になると足首の冷えが背中や首にまでジワジワ広がり、まるで全身が保冷剤。
柑橘系のアロマを垂らした足湯も、背中に貼るホッカイロも、その場かぎりで終わります。
まさに付け焼き刃とはこのこと。

「内臓が冷えていますね」と鍼灸師に言われ、ショウガやネギ、根菜など体を温める食材を意識して摂っても、冷えはむしろ悪化しているようでした。
肩は岩のように凝り固まり、疲労感はデモ隊のように居座る。
気づけば、慢性的な不調を抱えたまま過ごすことが日常になっていたのです。

「白湯? あ〜はいはい」と聞き流していたワタシ

田中みな実さんをはじめ、美意識の高い人たちが「朝起きたらまず白湯」と語るたび、わたしは心の中で「あ〜はいはい、知ってる知ってる」と受け流していました。

だって例年のこの酷暑。冷たい飲み物で涼を取るほうが合理的でしょう?
冷房代も節約できるし、喉も一瞬で潤うし——そう信じて疑わなかったのです。
その結果、冷え性はさらにこじれ、肩こりと疲労感も手放せないまま。

ワラにもすがって「なんちゃって白湯」

ある日ふと考えました。
体調が悪く横になる時間、マッサージ代、漢方薬代。
将来もし大病でもしたら、その治療費は? これ全部、冷房代どころの話じゃありません。

長引く不調にワラにもすがる思いで、冷たい飲み物をできる限り“なんちゃって白湯”に切り替えました。
なんちゃってというのは、10分煮沸して50℃まで冷ます正式な白湯ではなく、浄水をちょっと沸かしただけの“ただのお湯”だからです。

胃のカタチがジワりとわかる衝撃

それでも、ひと口飲むと胃のあたりがジワっと温まります。
「わたしの内臓、こんなに冷えてたの?」——長年放置していた自分の身体に、申し訳ない気持ちになりました。

アーユルヴェーダでは、土鍋でとろとろ沸かして「土」と「火」のパワーを注ぐと良いそう。
薬缶型の土鍋をいつかお迎えしたいと思いつつ、今は家にある4〜5人用の大きな土鍋を横目に見るだけ。
時間がある日は南部鉄の「鉄玉子」をポンと入れて沸かし、鉄分補給をこっそり目論んでいます。

カラダだけじゃなく、気持ちまで軽くなる

ストレス? 加齢? ホルモン? 更年期?
原因がどれかもわからない首こり・肩こり・疲労感。
病気というほどではないけれど、ずっと続く地味な不調が、温かい飲み物に変えただけで少し和らいだ気がします。

始めてまだ一週間。それでも心なしか気持ちが軽い。
冷えと一緒に、わたしの中の“凝り固まった思い込み”まで溶けていくようでした。

結局、みんなが言っていることは正しい

高い鍼灸やカイロプラクティック、マッサージ、漢方より、結局いちばん効いたのはお金のかからない白湯もどき。
そういえば、ウォーキングや湯船につかることも、手軽すぎてナメてやらずにいると、ジワジワ身体が蝕まれる気がします。

これまで散々お金と時間をかけて遠回りしたのに、最適解はただのお湯だったとは。
健康も自己肯定感も、案外そんな身近な行動から始まるのかもしれません。